お題「#買って良かった2020」
買えるものであればいいとのことだったので、私はつい最近に閉店した思い出の味を選びます。
オムハヤシ
学生時代、仲のよかった先輩がおいしいと紹介してくれて初めて行った、そのイチオシメニュー。 初来店の時に頼んだのも、たぶんこれだった。
初めての日は自分一人で行った。
そこで出会ったのは、おいしい料理だけではなく、笑顔を溢れながら食べるたくさんの人々、威勢のいい店員さんたち、そして、言葉少なげなかっこいいウェイターのお姉さんだった。
すぐさま気に入った私は時々来店するようになり、このおいしさを他の友達にも知ってもらいたいと思って、友達を連れて行くようになった。
そうして、あと1年で卒業となった頃のこと。 当時の私は所属先で心は冷えきるような生活を過ごしていた。 そして友達も忙しくてしょっちゅう会うのも忍びないと思っていた。
そんな時、この店に出向くと心に温もりが蘇るのを感じた。 温かな料理が体を通るからだけではなく、お店のみなさんの和やかな雰囲気にほっとするのだ。
だから、私は心が凍りきりそうになると必ず食べに行っていた。
オムハヤシだけでなく、チキンのトマトソースとハヤシの相がけオムライスも、生姜焼きも、タコライスも、どれもおいしかった。 どれも、温かかった。
昨年、私が遠方へ引っ越すので御礼参りにとお店を訪ねた。 お姉さんに覚えていただいていた私は、御礼参りに来たと告げると少しでも多く話せる時間を取ろうとしてくださった。 オムハヤシを選んで食べた。 体にしみる温もりをいつも以上に噛みしめた。 ひととおり、ご挨拶も終えて、ハヤシソースの余韻に浸っていた。
が、私は忘れていたのだ。 オムハヤシの写真を撮るのを。
当時既にコロナ禍がじわじわ来ていたので、次にいつ行けるかわからないとは思った。物理的に食べに行くのがかなり難しくなるからだ。 だから、名残惜しくて、もう一度御礼参りに食べに行った。 オムハヤシを撮るためにも!
でも、その当時はまさか1年以内に閉店してしまうとは思っていなかった。
だから、最後に改めて行った日に、厨房のみなさんにまでご挨拶して交わした「また来ます!」は叶わなくなった。
今私は、閉店時の写真を遠く遠くの町で見て、その切なさの最中でこれを書いている。
またどこかで、あの味に再会できればいいなとやはり思うが、この状況でそれが叶う可能性を考えることすら辛い。 でも願うだけならできるから、また食べたいと、またみなさんに会いたいと思っていく。
あの時思い立ってなんとか撮れたオムハヤシの写真。 これを見れば、ハヤシソースのコクやとろとろ玉子の食感、ほかほかごはんのすべてをスプーンに取って、記憶の味を想うことができる。
とっておきの料理と笑顔を、ごちそうさまでした。たくさんの思い出を、ありがとうございました。